第八話 終わらない物語

北九州ラーメンフェスティバルに出場したことにより動き出すらーめん志士の運命。

誰も知らない店だった「らーめん志士」がイベントのおかげで知って下さる方々が急激に増えた。
「イベントで食べて美味しかったから来ました」と言ってご来店下さる方々もいた。

お店というのはまず知ってもらうということが一番大切だと思っている。
知ってもらって一度入店してもらう。
これが一番大切であると同時に一番難しいことだと思う。
イベントにより知って下さる方が増えたというのは本当に大きな収穫だった。

そして、もう一つ非常に大きかったのが「業界の方とのつながりが出来た」ということ。

このつながりを通してコラボ企画を開催するなどして少しでも多くの方に知って頂ける様にと知恵を絞っていた。
その中でも一番大きな試みとして「ラーメン屋のグループ」を作ることを考えた。
何店舗かのグループを作って皆でお互いを宣伝しあうことにより、何倍もの方に自店を知ってもらうことが可能なんじゃないかと考えたのだ。

そうと決まれば早速実行だとグループ結成に暗躍を開始。
何を血迷ったかいきなり全く面識のない超有名店の方に「グループに入っていただけませんか?」とお願いに行った。
無名の知らない店からいきなり突拍子の無いことを言われて「なんだ?こいつは・・」と確実に思われたと思うが誠実に対応して頂いた(当然入っては頂けなかったけど笑)。
失礼は重々承知だったがこちらも人生を賭けているのでそうも言っていられない。
色々お声がけさせて頂き六店舗の店が集まった。
「小倉ラーメン連合 六倉會」の結成となった。
後に十数店舗に増えて「九州ラーメン連合六倉会」となり、スタンプラリー等の企画でお互いの知名度向上に協力して活動した。

こんな感じで何よりも多くの方に知って頂こうと無我夢中で色々なことを考えてやってきた。
超人見知りで自分だけで出来る仕事をする為にラーメン屋を目指したのだけれども・・笑。
「らーめん志士」を守るためならそんなことは言ってられない。
何でもやる覚悟だったし、それは今でも変わらない。

そんなこんなで店も少しづつ少しづつ知って下さる方も増えて応援して下さる方も増えてきた。
徐々にお客様も多くご来店頂ける様になり、5坪しかない店から少し広い店舗に移転したりもした。
ラーメン屋として10年以上存続し一割の生存率に入ることが出来た。




振り返ると何もないところからたくさんのものが生まれていた。

長い道のりだったし平坦な道ではなかったけれども、この道を選んで良かったと心から思う。

おかげさまで自分らしく生きることが出来ています。

今こうしてラーメン屋として生きていられる奇跡に心から感謝しています。

全ての皆さんに感謝しています。

「らーめん志士の物語」はまだまだ続きます。

これからも「北九州の醬油ラーメン らーめん志士」を見守ってやって下さいませ。

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